競馬場で馬の耳を見てみよう|くるくる動く耳から何がわかる?

馬について

競馬場でパドックを見ていると、つい馬の大きな体やきれいな毛並みに目がいきます。

競馬に慣れている人なら、歩き方や馬体、汗のかき方などを見ているかもしれません。

でも、次に競馬場へ行ったときは、少しだけ「耳」にも注目してみてください。

前を向いていたと思ったら、くるっと横を向く。

片方だけ後ろへ動いたり、左右の耳が違う方向を向いたり。

一頭の馬をしばらく見ているだけでも、馬の耳は思っている以上によく動いています。

なぜ、こんなにも耳を動かしているのでしょうか。

今回は馬券予想のためのパドック診断ではなく、競馬場で馬そのものを見る楽しみ方のひとつとして、馬の耳について見ていきます。

馬の生態についてはこちらの記事でも触れていますので是非ご覧ください。

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馬の耳は、いろいろな方向へ動く

人間は、耳だけを前後左右へ自由に動かすことはほとんどできません。

一方、馬の耳はかなり自由に動きます。

JRAの「ウマミニ百科」では、馬の耳は多くの筋肉によって動かされ、さまざまな方向から来る音を聞けると紹介されています。

馬は左右の耳を別々の方向へ向けることもできます。

前方から聞こえる音に耳を向けたり、後ろに気になるものがあれば耳だけを後ろへ動かしたり。

顔を大きく動かさなくても、耳を使って周囲の情報を集めているわけです。

また、馬の聴覚は人間とは少し異なります。

研究では、馬は人間よりも高い周波数の音まで聞き取れることが分かっています。

つまり、私たちが競馬場で聞いている音と、馬が感じている「音の世界」は、まったく同じではないのかもしれません。

観客の話し声。

場内放送。

周囲を歩く馬。

厩舎スタッフの声や足音。

競馬場にはさまざまな音があります。

そんな場所にいる馬にとって、耳は周囲を知るための大切なセンサーのひとつです。


馬の耳を見るなら、パドックがおすすめ

競馬場で馬の耳を観察するなら、一番分かりやすいのはパドックではないでしょうか。

パドックは「下見所」とも呼ばれ、レースに出走する馬が本馬場へ向かう前に周回する場所です。

レース中の馬は一瞬で駆け抜けていきますが、パドックなら歩いている馬を比較的ゆっくり眺めることができます。

私はこれまでパドックを見るとき、馬全体の体格や歩き方をなんとなく眺めることが多くありました。

でも「今日は耳を見てみよう」と一か所に注目すると、同じパドックでも見え方が変わってきます。

一周している間にも、かなり忙しく動いている様子がうかがえます。

では、それぞれの動きから何が分かるのでしょうか。


耳が前を向いているとき

馬の両耳がピンと前を向いている姿を見ることがあります。

いかにも、

「集中している」

「機嫌が良さそう」

と見えます。

ただし、耳が前を向いている=気分がいいとは限りません。

馬の耳や目は、馬がどの方向へ注意を向けているかを知る手掛かりになることが研究されています。

前向きの耳は、

「前方にある何かへ注意を向けている」と考えるほうが分かりやすそうです。

楽しいものを見ているのかもしれません。

見慣れないものを警戒しているのかもしれません。

耳だけを見て、その気持ちまで決めることはできません。

だからこそ、パドックで耳が前を向いた瞬間、

「何を見ているんだろう?」

と、その先を一緒に見てみるのも面白いところです。


耳が後ろを向いていたら、怒っている?

馬について調べていると、

「耳を後ろにしている馬は怒っている」

という説明を見かけることがあります。

確かに、馬が他の馬を威嚇するときには、耳を倒したり、強く絞り込むような動きを見せたりすることがあります。

JRAの引退競走馬のリトレーニング資料でも、他馬を威嚇するときの行動として、耳を倒す様子が紹介されています。

いわゆる「耳を絞る」と言われている様子です。

しかし、ここで注意したいのが、

「後ろへ向ける」と「強く伏せる」は同じではない

ということです。

馬の表情を客観的に分類する「EquiFACS」という研究手法でも、

耳を後方へ回転させる動きと、耳を頭や首に沿うように伏せる動きは、

別の動作として分類されています。

単に耳が後ろへ向いているだけなら、後方から来る音や気配へ注意を向けている可能性があります。

一方で、耳を頭に沿わせるように強く伏せている場合には、威嚇などの場面で見られることがあります。

次にパドックへ行ったら、

「後ろを向いている耳」と「ギュッと伏せられた耳」

の違いを探してみるのも面白そうです。

もちろん、これも耳だけで馬の気持ちを断定することはできません。

目、鼻、口、首の高さ、全身の姿勢などと一緒に見ることが大切です。


左右の耳が違う方向を向いていることもある

個人的に、馬の耳を見ていて特に面白いと思うのがこの状態です。

右耳は前。

左耳は後ろ。

そんなふうに、左右の耳が別々の方向を向いていることがあります。

馬は左右の耳を独立して動かせます。

実際にJRAの資料でも、左右の耳が別々の方向を向くことがあると紹介されています。

では、

「右耳が前で左耳が後ろなら○○という気持ち」

というような意味が決まっているのでしょうか。

どうやら、そこまで単純ではありません。

近年の研究でも左右非対称の耳の動きは調べられていますが、注意だけでなく、警戒や期待など複数の可能性が考えられています。

現時点では、

「この耳の向きなら、この感情」

と簡単に決められるものではなさそうです。

競馬場では、普段の環境とは異なり気になるものがたくさんあります。

左右の耳が違う方向を向いていたら、

「それぞれ何を気にしているんだろう」

と眺めてみるくらいが、ちょうどいい楽しみ方ではないでしょうか。


実は、馬同士も相手の耳を見ている

私たちが馬の耳を見ているように、馬同士も相手の耳から情報を受け取っています。

馬に別の馬の顔を見せる実験では、相手の耳や目が見えない状態にすると、その馬がどちらへ注意を向けているのか判断する能力が低下したという研究があります。

つまり馬にとっても、

「相手の耳がどこを向いているか」

は重要な情報のひとつだと考えられています。

人間から見ると、ただ耳がくるっと動いただけ。

でも馬同士では、その動きから相手の注意する方向を読み取っている可能性があります。

そう思って見ると、パドックでの馬の耳が少し違って見えてきます。


耳だけで馬の気持ちを決めない

各項目でも補足しておりますが、

馬の耳は、感情や周囲への注意を知る手掛かりにはなります。

しかし、

耳の向き一つだけで、その馬の気持ちを断定することはできません。

例えば馬の痛みを顔の表情から評価する「Horse Grimace Scale」では、「硬く後方へ向いた耳」が評価項目のひとつになっています。

ただし、耳だけで判断するわけではありません。

目の周囲。

鼻。

口。

顔の筋肉。

複数の特徴を組み合わせて評価します。

ですから競馬場でも、

「耳が後ろだから怒っている」

「耳が前だから絶好調」

と決めつけるのではなく、

「この馬はいま、何を気にしているんだろう?」

くらいの気持ちで観察するのがよさそうです。

この記事も、パドックで好走する馬を見つけるための記事ではありません。

馬という動物を、少しだけじっくり見てみるための記事です。


耳を覆っている馬がいるのはなぜ?

耳を観察していると、パドックで耳まで覆われた馬を見つけることがあります。

これはメンコと呼ばれる馬具です。

JRAの競馬用語辞典では、メンコは馬の覆面で、一般的には耳覆いが付いたものが使用され、音に驚いたり砂をかぶることを嫌がったりする馬に使われると紹介されています。

これまでなら、

「何かかぶっているな」「おしゃれしているな」

くらいで通り過ぎていたかもしれません。

でも馬の耳について少し知ったあとなら、

「この馬は耳まで覆っているんだ」

というところにも自然と目が向きます。

耳をきっかけに、今度は馬具にも興味が広がっていく。

そんなふうに、競馬場で見るものが一つずつ増えていくのも面白いところです。


次にパドックへ行ったら、一頭だけ耳を追ってみよう

次に競馬場へ行ったら、ぜひ一度試してみてください。

難しいことをする必要はありません。

パドックで気になる馬を一頭決めて、一周だけ耳を追いかけてみる

それだけです。

前を向いているか。

横を向いたか。

後ろへ動いたか。

左右で違う方向を向いているか。

耳が動いたら、その方向に何があるのかも見てみます。

そして、

「この耳だから○○な気持ち」

と答えを決めるのではなく、

「今、何か気になったのかな」

と考えてみる。

それだけでも、これまでとは少し違うパドックになります。

編集者自身が馬の耳に注目してパドックを見た感想

実際にパドックで馬の耳に注目して見てみると、観客側に近い場所を歩いているとき、こちらへ耳を向けているように見える馬がいました。

顔そのものはこちらを向いていなくても、耳だけが観客席側へ動く瞬間があります。

もちろん、「観客の声を聞いている」とまでは断定できません。もともと歩きながら耳をくるくる動かしていて、たまたまこちら側を向いただけという可能性もあります。

それでも、馬体全体をなんとなく眺めていたときには気づかなかった動きでした。

顔を向けなくても、耳だけをこちらへ向けて周囲の様子を探っているように見える。

「馬は耳を使っていろいろな方向に注意を向けている」ということを知ったあとにパドックを見ると、そんな小さな動きにも自然と目がいくようになりました。


馬を少し知るだけで、競馬場で見るものが増えていく

競馬場へ行けば、レースがあります。

馬券があります。

大きな歓声があります。

でも、その中心にいるのは馬です。

音を聞き、周囲を見て、さまざまなものに注意を向けながら歩いている一頭一頭の馬がいます。

耳について少し知っているだけでも、

「あ、今耳が動いた」

「右と左で違う方向を向いている」

「後ろに何か気になるものがあるのかな」

そんな小さな発見ができるようになります。

競馬に詳しくなるために、難しいことをたくさん覚える必要はありません。

馬について一つ知れば、次に競馬場へ行ったときに見るものが一つ増える。

私は、それも競馬場の楽しみ方のひとつだと思います。

次にパドックへ行ったら、一頭の馬を決めて、ぜひ耳を追いかけてみてください。


参考資料・参考文献

  • JRA「ウマミニ百科」馬の耳に関する解説
  • JRA「競馬用語辞典」パドック
  • JRA「競馬用語辞典」メンコ
  • JRA「引退競走馬のリトレーニング指針」
  • Rørvang et al. (2020), Sensory Abilities of Horses and Their Importance for Equitation Science, Frontiers in Veterinary Science
  • Wathan & McComb (2014), The eyes and ears are visual indicators of attention in domestic horses, Current Biology
  • Smith et al. (2018), Domestic horses discriminate between negative and positive human nonverbal vocalisations, Scientific Reports
  • Wathan et al. (2015), EquiFACS: The Equine Facial Action Coding System, PLOS ONE
  • Dalla Costa et al. (2014), Development of the Horse Grimace Scale, PLOS ONE
  • Barrera et al. (2024), Exploring horses’ (Equus caballus) gaze and asymmetric ear position in relation to human attentional cues, Animal Cognition

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